

当時の私は、ただガムシャラに“マンションのセールス”をするだけだった。毎日300件のテレアポ営業。アポイントが取れたら長野だろうが群馬だろうが上司と一緒に営業に行った。会社で、TOPクラスのアポイントは取っていたが、成約には結びつかなかった。50名以上いた新入社員は、12月の段階で3名に。そして、売れていないのは私だけ。会社の中では居場所がなく、売ることでしかアイデンティティの確立ができない社風の中、ひたすら電話をかけまくる毎日だった。そんな中、クリスマスイブにアポイントが取れ当日群馬へ上司ということに。上司も私も彼女をホテルに待たせた中の営業。“これを契約できなければ自分はクビ”この状況下の中、何とか契約を取る。そして、“モノを売るのではなく客が求めている本質の事を訴求する”という営業のコツを掴んだのである。
全国の旅館を210日間で96軒。嘘のような本当の話。私は、実家の旅館に戻る前96軒もの旅館やホテル民宿ペンションをほとんど一人で泊まり歩きました。マンション販売で手に入れた臨時ボーナスを手に、泊り続けたのです。“どうすれば旅館にお客が来るのか”私はどうしてもこの答えを手に入れなくてはならなかったのです。『もう家は倒産するかもしれない。』3月に母親(女将)からもらった一本の電話。父の危篤もあり、私は東京での順調に成りかけた生活を捨て、長野の実家に帰ることに決めたのです。『どうせ帰るなら他とは違う旅館経営をしたい。もっとお客さんを呼びたい。』そう考えた私は、経験の無さを補うために一から宿泊業の勉強のため“設備がそれほど良くはないけれどお客さんが多い宿泊施設”ここに照準を絞り、96軒もの宿泊施設を泊まり歩いたのです。
手元のキャッシュが200万円。明後日の支払いは2000万円。これが私のスタートでした。今となってはどのようにこの難局を乗り越えたか記憶にありません。それくらい必死だったのでしょう。様々な問題を抱えていましたが、根本的な問題は借り入れの多さと少ない売上。借入については金融機関の協力を頂きリスケを。そして、私は全精力をかけ売上を伸ばすことに傾注しました。ただ、私の考える打ち手の殆どに既存の社員は反発しました。“こんな事をしたらお客がいなくなってしまう”これだからお客が少なかったのは無理ありません。そして私は決断しました。彼らと一切の相談をしないことを。すべて私が考え、私が実行することを。その代表がお風呂場に畳を敷き詰めたお座敷風呂なのです。
私は働いたものです。1日20時間、週7日。そして、私の戦略が花開き始めました。例えば、じゃらん1ページの広告で700名のご予約が入ったり、隙間な市場に対しての商品構成が見事に当たり、紹介やリピートが急増。右肩下がりだった売上が上昇し始めたのです。
私の戦略が当たり始めるに連れ、既存の社員の反乱が大きくなります。調理場、支配人、など中枢の幹部が会社を困らせるために様々な嫌がらせをしてきました。最終的には退社していきましたが、夏休みの最中に支配人や調理場が総上がりをするという最後っ屁を食らいました。今考えれば、このような経験の数々が私を強くさせてくれたのです。
アレクサという第3者の調査サイトで全世界10万位という大台を突破。88,557位に。これはトラフィック(ホームページをみられる人数及びデータ量)で加賀屋さんや、パークハイアットさんなどの主要宿泊施設を大きくトラフィックという分野で大きく抜いた証拠である。
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SEM(サーチエンジンマーケティング)の成功だけでなく、雑誌広告の成功、さらに、リピーターや紹介などの成功を象徴する順位である。
1日3000人に見られ、成約率1.5%の実力を持つホームページ。年平均で40件から45件のホームページ予約が毎日はいる。 
年間稼働率が前年85%を超え90.1%に。特に4月中旬から11月中旬までは稼働率100%。冬期間であっても、休前日は100%、平日でも70%を超えている状態。このような毎日満室状態でも、将来のために広告を投下し続ける。ROI(リターンオンインベストメント)を意識しながら利益増大する為のテストをやり続ける。自社会員数が4万名を超え、月2回のメールニュースは自動販売機に。出せば売上が上がるの好循環。会員とのリレーションシップを図りながらの顧客育成は、ライバルとは全く次元が違う集客を実現した。
4月にオープンした上諏訪温泉しんゆ。この宿は、コンセプトから館内のデザイン、サービス、プランまで一貫性を持って展開。ターゲットを明確にし、そのターゲットのみに価値を感じさせるよう強烈なエッジをかける。その結果、OPEN前の広告だけでGWを高い単価で満室にすることができた。“マーケティングの時代は終わりブランドの時代”これを象徴する出来事。21世紀型の旅館は、物のレベル(風呂部屋料理)だけでは通用しない。その場所に存在する理由、地域の特性をフィーチャーすること無くして繁盛は無いと私は確信している。その表現方法が独自性でありノウハウとなるのである。“過去の栄光を捨てる”これに尽きるのである。デジタル思考からアナログ思考への転換が急務であり、旅館業を続ける際の必要十分条件となる。 
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